国境の街には、何があるのかな。
ふと、興味が湧いて、居ても立っても居られなくなりました。
時は2011年。ドイツの音楽大学で学生をしていた私は、授業が休講になったある冬の日、ドイツとデンマークの国境の街へ出かけてみることにしたのでした。

ドイツの学生は、お得なチケットを持っている
ドイツの大学に通う学生は、Semesterticket (ゼメスターチケット)という、決められた範囲であれば公共交通機関が乗り放題になるチケットを発行してもらうことができます。
このチケットのお陰で近場への移動はタダでできましたし、また、例え目的地が少々遠かったとしても、公共交通機関のチケットを通常料金で購入するよりも安く済ませることができました。

私はドイツ北部に位置する都市に住んでいたので、デンマークとの国境は、とんでもなく遠い場所ではありませんでした。
折角なので、向こう側、即ち「デンマーク側」の国境の街を訪ねることに。
(行ったことのある外国が一つ増えたらいいな)なんていう軽〜い気持ちで、国境を越えることを決めたのでした。
一路、Padborg (パドボルグ)へ
列車に揺られて、国境の街、デンマークのパドボルグへ向かいます。
何となくソワソワして、車窓から写真を撮ってみたりしました。


目的地のパドボルグ駅が近づくと、電光掲示板にそれを知らせる表示が。





あっ、ドイツ語じゃない、ここからはデンマーク語なんだ!
と興奮して、思わず撮ってしまいました。
Padborg (パドボルグ)の街中
パドボルグ駅へ到着しました。


行きと帰りの列車の時刻以外は、あえて何も調べずに行ったので、あてもない散歩のスタートです。


このとき、3月上旬。溶け残った雪が見られます。


通りを行き交う人の姿は、ありません。


チョコレート色の家々が並んでいます。ほんとうに静か。


標識を発見。考えてみれば当たり前なのですが、ドイツでは見ない標識だったので、目につきました。



この他にも標識を見つけ、この辺りの人々が毎朝バスに乗るのかもしれないな、などと思いを巡らせました。
雑貨屋さん
感じのよい外観の雑貨屋さんがあったので入ってみると、奥から店員の女性が声をかけてくれました。
おそらく、デンマーク語で挨拶してくれたのでしょう。
デンマーク語の「こんにちは」だけでも予習していけばよかったのですが、口をついて出たのはドイツ語の„Guten Tag!(こんにちは)“。
すると、女性は目を見開き、微笑みをたたえていた顔は更にパッと明るくなり、
„Guten Tag!“
と言ってくれたのでした。
たったこれだけのこと、と言ってしまえばそうなのかもしれませんが、心に火が灯ったような気がしたのをよく覚えています。
ドイツに住んでいた当時、差別されることが沢山ありました。見知らぬ人、すれ違う人に冷たい態度や馬鹿にした態度を取られることも少なくなかったです。
だから、初めて訪れた国で、私は無意識に身構えていたのだろうと思います。
明るい表情で、優しく挨拶をしてもらえた、こちらの理解する言葉で言い直してもらえた、そういったことが、外国でひとりぼっちの時にはこんなにも心に染みるんだ、と改めて思いました。
再び駅へ
雑貨屋さんを出たあと、しばらく街を散策し、またパドボルグ駅へ戻ってきました。
駅構内のベンチに座って、帰りの列車を待ちます。
様々な列車がこの駅を通過するけど、降りる人は一人もいません。街中でも誰ともすれ違わなかったのですが、駅の中でも人の姿を全く見ないのでした。
たくさん歩き回ってお腹が空いたので、作って持ってきていた焼きおにぎりを頬張りながら、来た時は素通りしてしまった駅の中を観察することにしました。




掲示板には当然のごとくデンマーク語が。ドイツ語と似ている単語も見られるのですが、チンプンカンプンです。


かわいいポスターが貼られていました。何のポスターかはよく分かりませんでしたが、色違いのものが数枚ありました。


ドイツ国内の駅とは、「色合い」が全然違います。ドイツ鉄道の駅では、赤やネイビーを見かける率が非常に高いように思いますが、ここでは違うようでした。
◇
視覚から得るいろいろな情報によって、自分がいまデンマークにいるのだという実感が再び湧いてきました。
交通機関を使って数時間移動しただけ。けれども、ここは外国。
フィリパ・ピアス作のイギリス児童文学の傑作、『トムは真夜中の庭で 』を思い出しました。
国も違いますし、ましてやこの作品はファンタジーなので状況も全く違うのですが、「すぐそこにある別世界」って現実にも存在するのだな、と感じました。
目に飛び込んでくる言語は、日頃見て読んでいるものとは別物の、自分にとっては意味の分からない文字列へと変わり、よく見る色づかいのものは見慣れないカラーのものへと変わった。
たとえ海を超えずとも、パスポートにスタンプが押されなくても、境界線のこっち側と向こう側では、別の世界が広がっている。
当たり前のようでいて、日本では実感することのなかったことを噛みしめながら、帰りの列車へと乗り込んだのでした。
Padborg(パドボルグ)について
人口約4,200人の街、パドボルグ。
私は駅の周辺をほんの少し歩き回っただけでしたが、後から調べてみたところ、この街には有名な施設があることが分かりました。
The Frøslev Camp Museum フロスレフ収容所博物館。第二次世界大戦時の強制収容所で、多くの人が訪れているようです。
パドボルグ・パーク モータースポーツのサーキット。デンマークF4が定期的に開催されています。
The Frøslev Camp Museum は駅から4kmほど、パドボルグ・パークは12kmほど離れており、いずれも車でないとアクセスが難しいようです。
国境の街にあったもの
さて、冒頭の問いについてです。
国境の街には、何があるのかな。
自分で歩いてみた国境の街には、小さな駅があり、心地よい静寂があり、整然と立ち並ぶ家々があり、見たことのない標識があり、そして、温かな気持ちにさせてくれる雑貨屋さんがありました。
◇
私がこの先パドボルグへ行くことは、きっともうないでしょう。
日本にいて、家族がいて、仕事もある。
パドボルグは、気軽に行ける場所ではなくなりました。
あの雑貨屋の店員さんと再会する可能性も、限りなくゼロに近いのでしょう。
でも、パドボルグが観光地ではなく、ごく小さな街で、周りに行ったことのある人が誰もいなくて、だからこそ「きっともう行くことはない」と、わざわざ確信しているだけなのです。
これまで訪ねてきた大都市へだって、再び行く可能性は同じくらい低い。
ドイツ時代に毎日顔を合わせていた人々にも、もう一度会うことは、ないのかもしれない。
今までもこれからも、きっとそういうことの繰り返しなのです。
国境の街、パドボルグ。
私はここで、ただ歩いただけで何もしなかった、と言うこともできるかもしれません。
けれども、こんな風に考えを巡らせ、センチメンタルとしか言いようのない感情を抱くのも悪くないな、いや、たまにはいいものだな、と感じています。
国境を越えるなんて突拍子もないことを思いついて良かった。
あの日、授業が休講になって、ほんとうに良かったです。

